Entrance...
ピンポーン ピンポーン―・・・
安っぽいマンションなんかとは全然違うチャイム音が鳴り響く。
なかなか出てこない家主に待ちくたびれて、山本はポケットから金色のカギを取り出し、おもむろにドアを開けた。
「獄寺! いるのか?!」
靴を脱ぐのももどかしく、あわてて部屋に入ると、リビングに通じるドアを荒々しく開ける。
とたん、目に飛び込んできた風景に血の気を引くのを感じた。
「獄寺ッ!!!」
ソファーのすぐ横で、倒れている獄寺に駆け寄ると、抱き起こして軽く揺さぶる。傍らには珈琲カップが転がっていて、高級そうな絨毯にシミができてしまっている。
手のひらから伝わる体温の高さに、熱があることに気づかせられる。
「大丈夫か?」
「…っ…やま…」
ゆっくり閉じていた目が開かれ、翡翠色の瞳が山本の心配そうな顔を映す。苦しそうな呼吸の合間に名前を呼んでくれる獄寺に愛おしさがこみあげ、思わず額に軽くくちづけをした。
「寝室、行こうな」
そっと抱き上げると、寝室まで運び、ベットに寝かす。
病院へ行くか迷うとこだが、日本にいる間の獄寺の保護者が誰なのか、保険証はちゃんと持っているのか、何も知らない。
見たところ、熱は高そうだが、痛がったりはしていない。多分、風邪だろうと判断し、とりあえず頭を冷やす物を用意すべく部屋を出ようとしたら、服の裾をつかまれ、阻止された。
「すぐ戻ってくっから」
裾を握られた手を優しく包み、そっと外すと、静かに部屋から出て行った。
とりあえず、洗面器に氷水をはってタオルを濡らし、慣れた手つきで適度に絞ると、獄寺の額にそっと乗せた。
「…ん」
冷たいタオルの感触に、閉ざされていた目蓋が開き熱のせいで潤んだ翡翠色の瞳が山本を映す。
「薬…あるか?」
このまま冷やすだけでは流石にまずいと思い薬の在りかを尋ねると、台所の棚にと教えてくれた。意外な場所に文化の違いを感じ苦笑してしまう。
「すぐに取ってくるな」
部屋を出て、台所へ向かい棚の中を探すと小さな木箱があった、蓋にはMedicinaと書かれていた。中を開けると予想どうり薬が色々入っていた。
しかし、異国の薬が大半で、どれが解熱剤か探すのに苦労しそうだ…。
「まいったなぁ〜」
流石の山本もイタリア語は読めない。ひとつひとつ取り出して、説明文を読もうと試みるが、日本語は何処にも書いていなかった。何個目かの箱を取り出したとき、そこに見覚えのある単語が書かれているのに気が付く「Un
antifebrile」【loxonin】ロキソニン…。風邪薬などで貰う解熱剤の種類の名前だ。中を開けると、薬と一緒に紙切れが入っていた。
開くと日本語が書かれている…
―すげー効く薬だ、38度以上の時に飲みな お子様は1錠だぜ―
走り書きのような文字、文面からしてシャマルが書いたような気がするが…しかし日本語で書いてある。
紙切れを信じれば、「熱さまし」であることは間違いないようだ。
急ぎ、水と薬、体温計を持って寝室に戻ると、いつの間にか寝てしまったのか、寝息が聞こえる。いつもより苦しげだが、寝ていることに少し安堵し、サイドテーブルの上に薬を置き、額に当てたタオルを取り替えてやる。
このまま寝かせてあげたいが、薬も飲ませたほうがいいに決まってる。
「獄寺、わりぃ…熱測ろう?」
「……ん」
起こしてしまうことに詫びながらも、ほっぺにかかった銀糸の髪を指先で優しく触れる。
まだ、浅い眠りだったのだろう、目を覚ました獄寺は山本の持っている体温計を見て、大人しく口を開ける。
「―!」
口で測るつもりではなかった山本は、予想外の出来事に一瞬固まってしまった。
しかも、熱のせいで桃色の肌、目も潤み、唇も艶っぽい。
一瞬、アノ時の顔が頭に過ぎり自分の妄想を打ち消すように、体温計を持つ手とは逆の手を握り締め、平常心を装い獄寺の口に体温計を咥えさせる。
PiPiPiPi…PiPiPiPi
小さな電子音が鳴り、口から取り出し液晶画面を見ると、38.2という数字が目に飛び込んできた。
思っていた通り、高熱だ…。
「すげ…熱高ぇーよ…」
「薬、飲んで寝れば、だい…じょ、ぶだ…」
起き上がろうとする獄寺を支えてやり、さっき見つけた薬を手渡すと、ためらうことなく飲み込む。
冷たい水を美味しそうに飲み、表情が少し和らいだように見え山本は安堵した…。
これで、少しは楽になるだろう。
しっかり肩まで布団をかけてやり、再度頭に冷たいタオルを乗せてやる。
「学校に連絡してやるから、寝てろよ」
「…」
「おやすみ」
返事は返ってこなかったが、否定しないということは、どーでもいいんだなと思うことにして、
空になったコップを片手に寝室を後にした…。
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